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2006-12-25 Mon 23:55
今日、12月25日をもって横浜のシンボルであった 氷川丸とマリンタワーの営業が一旦終了した。 氷川丸は今はランドマークが建つみなとみらいの前にあった 三菱造船所で造られたものであるけれども、 昨今は、その「みなとみらい」への注目度が集まっている。 営業を終了すると言うことは、採算も合わなかったのかと思う。 けれど、やはり横浜港にこのふたつのシンボルは欠かせない。 海外へ、また海外からたくさんの夢と希望を乗せて活躍した 氷川丸は1960年に現役を退き、翌61年に山下公園に 係留され、戦前から多くのお客様を迎えに行った父は 係留された後に、写真でしか記憶を辿れない幼い私を 連れて山下公園に向い楽しませてくれた。 ![]() 営業終了を知った時は、愕然としたものだったけれど マリンタワーは横浜市が、氷川丸は日本郵船が、 その後を引き継いでくれるようで、リニューアルも含め また営業再開を楽しみにしている。 ![]() そして、もうひとつ・・・ こちらは再開はなくて、長年の灯が消えていく。 ハマのJAZZ喫茶「ちぐさ」 |
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2006-12-13 Wed 05:10
来年7月にダイアナ元英皇太子妃の長男ウィリアム王子と
次男ヘンリー王子が主催し、ダイアナの死去10年に際して 慈善コンサートをロンドンで開催するとの記事を読んだ。 エルトン・ジョンやデュラン・デュランの名が挙がっている。 7月1日が彼女の誕生日で、生きていれば46歳。 あの衝撃的な事故から、もう10年も経つ。 チャールズ皇太子との結婚式の中継に 世界一幸福な女性との思いがあったけれど 二人の王子に恵まれながらも、真実の愛に巡りあえず これから本当の愛と幸せの道を歩んで行く矢先の事故。 ジャンニ・ベルサーチの葬儀で泣き崩れるエルトン・ジョンを 慰めるダイアナの姿が印象的だったけれども その後、彼女は亡き人となり、エルトンは彼女の為に "CANDLE IN THE WIND'97"を歌い上げた。 元々は1973年に発売されたアルバム "Goodbye Yellow Brick Road "に収録され 「さようなら ノーマ・ジーン・・・」という歌いだしでわかるように、 ノーマ・ジーン=マリリン・モンローのことを歌ったもの。 「ノーマー・ジーン」の歌詞は「英国のバラ」に。 新たに歌を作らず、この歌を歌詞を変えて歌ったのには 彼なりの思いがあったのだろう。 コンサートの当日・・・ ダイアナは仲の良かったミュージシャンたちの歌声を まったりしながら天国で聴いて、愛する二人の王子と素敵な仲間と 彼女を慕う多くの英国民、その他の国のファンに向かって その温かい眼差しを送っていることと思う。
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2006-12-10 Sun 07:40
毎年12月8日になると・・・
あの日を思い出して、何らかのことはするのだけれど 今年は真夜中にボーっとCDを聴いて時間を過ごした。 現地で12月8日、日本では9日のことだけれども その日、一人の愛と平和を歌うアーティストが ファンを称する心無い男の銃弾に倒れた。 ジョン・レノンである。 11月には久々のニューアルバム「ダブルファンタジー」を全世界で発売。 しばらく愛する家族中心の生活を過ごして来た彼が いよいよ音楽活動を再始動させていた矢先、 その日もスタジオでの仕事を終え、自宅前で車を降りた その後のことだった。 当事外出から帰ってきた私に 同じ日本にいる友人や遠く異国にいる友人からも 電話が入って、前月アルバムを買ったばかりで心躍って 話した内容とは一転した暗い電話でのトークとなった。 去年は綺麗な月灯りの下 九段での追悼集会の場にいたのだけれど ひとりまったり、こんな時間でジョンを偲ぶのもいい。 あれから25年、ジョン・レノン追悼集会 =2005/12/8= ![]() そして・・・ もうひとつ12月8日は、生きていれば何歳の誕生日なのだろう と思うジム・モリソンの誕生日でもある。 音楽が自然に入ってきたビートルズやストーンズと違って おそらくロックをロックとして感じ取った始めての グループDOORSと、その柱であるボーカル「ジム」の 強烈な個性に惹かれた日々と彼を忘れることは出来ない。 ドラッグの時代を越えて生きながらえたなら ミックのようにそのパワーを見せてくれたのだろうか。 ああ、死して行ったのがまたジムがジムであったような気が 今もするのは否めないけれども。 その不可解な死が、実は本当ではなくどこかの田舎で 哲学書を読んでいるようなジムであるような気もしている。
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| 音の波間で・・・ |
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